2003年5月より毎日新聞『新教育の森』に連載された記事の第30回目をご紹介します。
2004年(平成16年)3月1日(月曜日)
「教え込み」受けつけない子も
−「わからせる」より「できている」を優先に−
ある幼児教室に0歳から通い、3歳になるJ子ちゃんがお母さんに連れられて、私の教室にやってきました。幼児教室に3年間かよっていても、まだ数字の1か2しか書けないと言います。そこで、0から9までの数字をすべてなぞって書くプリントをやってもらいました。J子ちゃんは、0を書くのに、ぐるぐると何重にも鉛筆でなぞります。それを見て私が、「このプリントには約束があって、まずは、○から☆まで書いて、次に、●から★まで書くんだよ」と言っても、約束を全然守りません。
そこで、お母さんに「J子ちゃんの課題は、まず、この約束が守れるところからですね」と言うと、「前の教室では、数字を書くのはずっと後で、まず、声に出して、1000までの数唱を言えるようにするんです。それが言えるようになってから数字を書くのですが、3だったら○を3個かぞえてから3と書き、数唱も必ずします。ここではいきなり数字を書くのですか? いきなりでは子どもが数字の意味を理解できないと思うのですが……」と、数字の意味がわからない幼児でも、わからないまま数字を書くことからはじめる「らくだ教材」を不思議そうに見ていました。
幼児の場合、ほとんどが、習っていない新しい学習経験を積み重ねていきます。つまり、まずは模倣からはじまりますから、数字が具体的な量と結びつかなくてもいいのです。読み方がわからなくても、数字と直接結びつけずに、歌のように風呂場で、「10まで数えたら、出ようか」と、数唱を唱えていれば、らくだ教材の幼児用(全部で14枚しかない)の最後のプリント(Iから130までの順序数を書くだけのプリント)をやるころには、教えてもらわなくてもほとんどの子が130までの数が声を出して言えるようになっているのです。その状態になっていて、「りんご、3個取って」と言われて、取れない子はいません。
私も以前は、数字と読み方と量との三者関係のつながりを理解することが、数字が「わかること」だと思っていましたから、まずは「わからせること」に腐心していたのですが、これこそが「教える」行為そのものであったことに気づかされました。この場合、先生がいなければできませんし、教え込もうとしますから、それを受けつけない子も出てきます。そこで、まずは「できていること」を優先し、数字の書き方(書き順)だけを伝えてみました。その結果、教えなくても数字が書けるようになるとともに、次第に、数字と読み方と量との三者関係が「わかる」ようになっていきます。この体験により、幼児期こそ、「わからせる」より「できている」を優先することの大事さを再認識し、学びの原点はここにあると確信しました。