毎日新聞『新教育の森』連載第4回の記事をご紹介いたします。
2003年(平成15年)6月2日(月曜日)
「固有の時間」大事にする学習を
−ペースは一人ひとり違う−
『スロー・イズ・ビューティフル』の著者辻信一さんは、「ナマケモノ倶楽部」の世話人をされているので、「スローとは、てっきりナマケモノのようにゆっくり生きるという意味に捉えていました。しかしフト、「それぞれが持っている固有のスピードで」という意味もあると思い、「スローラーニング」という言葉が浮かびました。
私が「すくーるらくだ」という空間のなかで、一番気をつけたことは、集めたい生徒の対象を限定せず、明確にしないことでした。不登校児や学力遅進児、障害児だけが集まる場を作ると、その子たちに対してものすごく失礼なことをしていると思ったからです。レッテルを貼られた子どもばかりを集めるのですから、もし私が子どもだったら、自分と同じ子がいることで、「自分だけじゃない」と最初は安心するのかもしれないのですが、そのうち、そんな場から早く出たいと思うようになっても不思議じゃないと思ったのです。
私のところをこの20年の間に2800人以上の方が通過していきましたが、内訳をみると、I割が不登校児で、1割が幼児、大人も1割以上いて、中学生から大学生までが1〜2割で、残りは小学生が約5割という割合になっていました。受験生もいました。進学塾に行っても伸びない子が、らくだ教材で学んで、「勉強しなさい」と言われなくても、自分からすすんで学ぶようになって、分数計算の加減乗除がある一定のスピードでスラスラできるようになると、学力が一気に伸びます。
ですから、私立中学受験を目的に、中学教材をやっている小5生のとなりで、小4教材をフウフウ言いながら中学生がやっていたり、―日2枚がきっちりできる幼児のとなりで、かかった時間とミスの結果を記入する記録表が空欄だらけのお母さんが教材をやっていたりと、そんな光景が日常茶飯事となっていました。いつから学習を開始したか、どれくらいのペースで学習するかはそれぞれ学習者本人が決めますから、一人ひとりの学ぶペースが尊重される空間では競争が起こりようがないのです。
しかし、時たま、入学時期が一緒で、同じところから教材をスタートした場合には、競争になる場合もありますが、それも一時的なもの。弟が兄より先に進んで、兄が悔しそうな顔をしているときには、よく次のような話をしていました。
「弟に抜かれて悔しい気持ちになるのはわかるから、がんばってもいいけど、ここで無理して、先にすすむと、学ぶこと自体が苦しくなって、プリントを見るのも嫌になるよ。先にすすむより、自分のペースを大事にすると、気が付いたときには壁は越えている感覚を体験することができる。無理せず、頑張らず、たんたんとやることが、一番確実な力をつけるやり方であることを学んでほしいんだけど……」。 (つづく)