2003年5月より、毎日新聞『新教育の森』に連載された記事をご紹介します。
2003年(平成15年)5月19日(月曜日)
約束を破ったとき、責めてはいませんか?
−「守れない状態」に寄り添う−
私が教育にかかわりはじめたころ、おもしろい授業やほめることが子どもをやる気にさせると思っていました。でも、そんなふうに一生懸命になって子どもに関わると、子どもは私次第で、勉強をしたりしなかったり…。外からの刺激がないと、学はなくなる。これは何か違うと思いました。そこで、私が子どもに「学び」を与えるのではなく、子ども自らの内なる動機で学ぶことができるようにと、教材とシステムを考案し、教室を開設しました。そして、「ほめる・競わせる・ものでつる」という外的刺激を一切与えないと決めて、生徒に対応し続けてみたのです。つまり、「ほめて育てること」が主流のなかで、それとはまったく違う試みに挑んだわけです。
それから20年以上が経過しましたが、このやり方で子どもたちは、日々たんたんと学び続けています。そこに、「自分で学ぶものを選べる」教材と、「子どもが自分で決める」約束があり、この二つに「寄り添う」指導者がいるから可能なのです。 ’
教室では、子ども自身が宿題を決めるのですが、たとえば、子どもが「来週までにこのプリントを何枚やってくる」と私と約束をして持ち帰っても、やってこない場合があります。そのときに、「なんでやってこないの!」と私が怒ったら、この約束は、その子が「した約束」ではなく、私が「させた約束」になってしまうことがわかりました。そして、「約束を破って困るのは私ではなく、子どもなんだ」と思えたことで、やっていなくても、子どもが「した約束」に寄り添えるようになりました。
それからは、子どもが約束を破っても、そのことを責めないで、子どもの状態を見ながら、「次はどうしたい?」 「何枚ならできそう?」 「もし、できなかったら〜にしてみようか」と聞いていくことができるようになりました。子どもが約束が守れるようになる方向で、何度でもあきらめずに、約束をし直していくことで、子どもの「できない体験」に寄り添っていったのです。すると、その子は自分に何ができていないのか、次にどうしたらいいのかを自分で考えるようになり、どの子もその子なりのペースで学んでいくようになりました。
こんな試みのなかから、「約束をする」のは、約束を守れない前提でするのであって、約束をしたからといって、すぐにできるようになるはずもないことが見えてきました。つまり、「約束を守れないからダメ」なのではなく、約束を守れない状態に寄り添ってくれる人のもとで序々に約束が守れるようになっていくことがわかったのです。
約束をし直すときには、子どもに「振り回されない」や「言いなりにならない」ことが大事なのですが、次回はそのことについてお話ししましょう。 (つづく)